あなたを支えるsupport
看護師同士が支えあえる環境への配慮
看護の仕事はチームで行う仕事であり、職場の人間関係は大切だと考えています。だから人間関係づくりに対して、次のような注意をしています。
① 攻撃や他者批判でコミュニケーションはつくれない
② 個人の関係と公の関係を区別しよう
③ 「自分の正しさの主張」の上に、人間関係は形成しない
④ 光愛病院の関係づくりは「受容」を基本とする
他者を攻撃するときは、自分に余裕がないことを体で表現しているようなものです。一方的な主張は相手と関係を持ちたくないと言っているのと同じであり、このようなスタイルでは人間関係は成り立ちません。チームで看護をするために、自分自身の行動をふり返ることを、私たちは大切にしています。
私の精神看護への想い
患者さまを病人だとは捉えないほうが良いと思う
精神看護学実習で何も出来なかった悔しさ
私は、身近に精神に病を持つ人がいたため、学生時代から精神看護にとても興味を持っていました。そのため、精神看護学実習は興味を持って実習に挑んだのですが、受け持ち患者さまは、何を聞いても何も反応がなく、何を考えているのか全くわからず、どうして良いのかわからないままに実習が終わって悔しい思いをしたのです。
何も出来なかった自分に腹が立ち、「看護師さんが出来ているのだから頑張れば出来るはず」という思いから、精神看護をもっと学びたいと思いました。精神看護を学ぶためには、単科の病院で、ケアのアセスメントが充実している病院が良いと考え、光愛病院を選びました。初めは「自分を成長させられる病院」という思いで就職したのですが、就職して驚いたのは、患者さまと看護師の距離が近く、フレンドリーというよりはファミリーのような印象でした。
「普通に関われば良いのだ」と気づく
学生時代には、患者さまと話が出来ずに悔しい思いをしたのですが、働いているうちに、「力まず普通にかかわれば良いんだ」と考えるようになりました。そうすることで、どんな患者さまともかかわることが出来るようになったのです。
最近は「患者=病人」という認識で看護師がかかわることで、病気をつくっているような気がしてきました。だから、自然に、普段、人とかかわるそのままで患者さまと話をするように心がけています。そんな精神看護に自信がついてきた矢先、つぎのような出来事に遭遇したのです。
訴えが不確かな分、身体面のアセスメント能力は重要
精神疾患を持つ場合、食事が食べられない人が多くいます。その患者さまも食事が食べられないと訴えましたが、私は心因性のものだと判断して援助しようと考えました。しかし、検査をしてみると十二指腸潰瘍だったのです。
このことによって、患者さまを病気の人ではなく、普通に接することが大切ではあるけれど、私たちは看護師なので、患者さまの身体面もアセスメントする知識と技術を持っていなければいけないんだと再認識させられました。
精神的・身体的・社会的にアセスメントできるからこそ看護師であり、普段は何気なく話していながらも、絶えず異常を早期に発見できる目は持っている必要があるんだと思いました。
まだまだ勉強が足りないな・・・そんな風に思う今日この頃です。
その人の人生を、一緒に考えるのが精神看護だと思う
個別性を重視したかかわりを考えるのが魅力
精神看護は、その人にしか当てはまらないケアプランを考える必要があり、個別性を重視したかかわりを模索していくところに精神看護の魅力や面白さを感じます。
私が新人の頃、排泄後の清潔にこだわりの強い患者さまと出会いました。トイレットペーパーを山ほど使い、それでも気がすまなくてホースでお尻を洗い始めたのです。私は驚いて「何をしているんですか!」とホースを取り上げようとして2人でホースを奪い合い、辺り一面水浸しになってしまいました(笑)。
そんなことが度重なり、どうしていいのかわからず、「私はこの先やっていけるのだろうか・・・」と自信がなくなっていました。
「何故こんなことするの?」「困った患者が多くて大変」などど、精神看護にマイナスイメージを持ち始めていたのですが、精神看護の研修を受けて「問題行動には必ず理由がある」「問題行動は何らかのサインだ」といことを学びました。そして、そういう視点で患者さまを看るように心がけると、本当に問題行動には理由があったのです。
そして、行動に目を向けるのではなく、その意味に目を向けて援助を考えると精神看護がどんどん面白くなっていきました。
「その人の人生を支えている」という重み
以前、地域でトラブルを起こして入院し、地域から拒否されて退院が出来ない患者さまを受け持ちました。私は、その患者さまが退院できるようにいろいろな働きかけをしたのですが、その患者さまが「今まで誰も俺とは真剣には向き合ってくれなかった。でも加藤さんは違う。加藤さんのおかげで人生棒にふらんで済んだわ」と言ってくださいました。「人生棒にふらんですんだ」という言葉に「人の人生を支えている」という重みを感じ、そのときほど、精神看護の醍醐味を感じたことはありませんでした。
若い人に、本当の精神看護を伝えていきたい
精神看護は、その人の人生を丸ごと考えなければなりません。これまでの人生背景を知り、これから先、この人はどのように生きていけるだろうかと考えることが必要です。私は、その人の生き方を一緒に考えて、最善の方向に導くことが精神看護だと思っています。患者さまは、様々な理由で問題と思える行動を起こします。でも、その行動の裏には必ず理由があり、何か意味があるのです。その思いにどう寄り添うか、それらを若い看護師にどう伝えていくか?それが、私のこれからの課題かもしれません。
精神看護は、看護本来のやりがいを感じることができる
もっと看護本来の役割を果たしたかった
私は精神看護に携わるようになって16年が過ぎました。それまでは、一般科で看護をしていましたが、手術・検査・投薬と、治療への対応が優先され、看護本来の役割を果たせないという不全感を感じていました。
看護学生時代、精神看護実習で自分のかかわりによって患者さまの日常生活能力が向上したり、表情が変わることに対して、精神看護への興味を持っていました。そのため、精神看護をしたいという思いで、光愛病院に来たのです。
私はこの病院で在宅看護を経験しましたが、病院の中と社会では、患者さまの表情が違います。そんな姿を見ると「人は社会で生きる」という当院の理念の重要性を改めて実感します。
患者看護師の人間関係を使って援助することが魅力
以前体験した患者さまですが、お母さんとの二人暮らしで40代の女性でした。通院を拒否し、薬はもちろん食事も拒否する人であり、このままでは生命に危険を及ぼすという状態でした。一般的には、日を詰めて訪問し、看護師のコミュニケーションを使って食事を口にするように援助しますが、そんな簡単に拒否は解けるものではありません。強く食事を拒否することは生命を脅かすため、そんな場合は入院をしていただき、まずは生命維持に務めます。この患者さまも、入院していただき、生命の維持に向けての援助を施しながら、粘り強く看護師との人間関係を使って対応をし続けました。すると徐々に食事を食べてくれるようになってきたのです。
精神看護では、患者さまと一緒に目標を設定し、その目標が達成するように患者-看護師の人間関係をつかって援助していく・・・すると少しずつ私たちの力が影響して、患者さまの回復を助けることが出来るんです。私はここに看護本来のやりがいと、精神看護の面白さを強く感じて辞められません(笑)。
残りの看護師人生、これからもずっと精神看護一筋でやっていくつもりです。そして、精神看護の面白さを多くの看護師に伝えていきたいと思っています。













